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名古屋高等裁判所 昭和32年(う)829号 判決

被告人 小島清一

弁護人 伊藤静男

検察官 三沢治郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実第二の割増賃金不払の点について被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伊藤静男の差し出した控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用するが、その要旨は、原審が認定した原判示第二の事実は罪とならないもので、これを労働基準法第三十七条に背反するものとして処断したのは、同条の解釈適用を誤つたものであるというにある。

よつて、案ずるに、原審が原判決摘示事実の第二において、原判示小島撚糸株式会社の代表取締役社長である被告人が、法定の除外事由がないのにかかわらず同会社工場において昭和三十一年六月一日より同年同月二十五日までの間、女子労働者中島美登ほか十一名をして延べ約千百七十五時間の時間外労働および休日労働をさせながら、その超過労働に対し基本賃金の二割五分以上の割増賃金を完全に支払わなかつた事実を認定し、被告人の右所為を労働基準法第三十七条第一項第百十九条第一号の罪に問擬処断していることは所論のとおりである。ところで、同法第三十七条第一項第百十九条第一号のいわゆる割増賃金不払の罪は、当該時間外労働または休日労働(および深夜労働)が、同法第三十三条の規定により行政官庁の許可(ないし事後承認)を経て行われた場合、および同法第三十六条の規定により使用者と労働組合ないし労働者団体との間に成立した協定に基いて行われた場合の割増賃金不払に関するものであることは、同法第三十七条第一項の文理解釈上明白である。しかるに、原判決第二の事実は、使用者が同法第三十三条および第三十六条規定の条件を満たさずして労働者をして時間外労働および休日労働をさせ、この超過労働に対し基本賃金の二割五分以上の割増賃金を支払わなかつた場合であつて、使用者の右所為中、労働者をして時間外労働および休日労働をなさしめた点は、同法第三十二条第一項第百十九条第一号の罪に該当することは当然であるが、右割増賃金不払の点は、(支払義務ありと解するが)同法第三十七条第一項第百十九条第一号の罪に該当しないものといわなければならない。

もしこの点をも、同法条の罪に該当すると解釈するには、この罰条を被告人の不利益に類推解釈するもので罪刑法定主義の原則に反するものと断ぜざるを得ない。また他にかかる所為を罰すべき法規は存在しない。しからば、原審が原判決第二の事実を同法第三十七条第一項第百十九条第一号の罪に該当するものとして処断したのは同法条の解釈適用を誤つたもので、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、本件控訴は理由があり、原判決は破棄を免れない。よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所においてさらに判決する。

当裁判所が認定した事実は、原判示第一の事実(原判決別表(一)を含む)と同一で、その証拠は原判決挙示のものと同一であるからここにこれを引用する。

法律に照すと、被告人の原判示第一の所為中、別紙(一)記載のように各就労日中島美登ら労働者に超過労働させた点(各包括一罪と認める)はそれぞれ労働基準法第三十二条第一項第百十九条第一号罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するところ、以上は、刑法第四十五条前段の併合罪であるから、各所定刑中罰金刑を選択し同法第四十八条第二項を適用し、各罪の罰金の合算額範囲内で、被告人を罰金一万五千円に処し、罰金不完納の場合は、同法第十八条第一項により金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

本件公訴事実中、起訴状第二記載の前記小島撚糸株式会社の代表取締役社長である被告人が、法定の除外事由がないのにかかわらず、昭和三十一年六月一日より同年同月二十五日までの間、(原判決別表(二)記載のとおり)会社工場において、女子労働者中島美登ほか十一名をして延べ約千百七十五時間の時間外労働および休日労働をさせながら、これに対し基本賃金の二割五分以上の割増賃金合計約三万二千九百十五円八十六銭のうち、合計約一万六千五百九十一円六十九銭を支払つたのみで、その差額合計約一万六千三百二十四円十七銭を支払わなかつたという点は、前記説示のように罪とならないから、刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 坂本収二 裁判官 水島亀松)

弁護人伊藤静男の控訴趣意

第一点原審には法令の適用に誤があり判決に影響を及ぼすこと明らかである。即ち、原審は判示第二事実を基準法第三十七条に違反するとして処断されているが、右は同法の解釈を誤つたものにして其の適用を誤つたものと信ずる。その理由は、

右三十七条の適用される場合は同条が明規している如く、同法三十三条若しくは三十六条の規定によつて労働時間を延長した場合である。

然るに判示第二事実の場合は判示で明らかな通り右規定に依らずして時間を延長した場合である。而して三十七条の斯る規定の法意を推考するに、本件判示第二事実の如き場合は、時間を延長して労働させた行為が既に処罰の対象となりこれによつて処罰を受けるので敢て延長時間に対する割増賃金不払行為迄刑事罰の対象とはしないのが妥当として規定されたものと思料されるのである。

従つて、右三十七条を拡張解釈して本件の如き場合をも含むとすることは、罪刑法定主義の精神に悖るところであるのみならず妥当な法解釈とは思料されないのである。此の見地に立つて、本件の如き場合は三十七条に該当せずとして無罪の判決を言い渡された岡山地方裁判所の判決は真に正しい判決と謂はねばならない。大要叙上の次第で原判決は法令の適用を誤つたものであり破棄を免れぬものと信ずるのである。

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